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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)2251号 判決 1975年12月24日

原告 福田半吾

原告 福田春江

右両名訴訟代理人・弁護士 盛川康

同 横谷瑞穂

被告 大成建設株式会社

右代表者・代表取締役 南幸治

右訴訟代理人・弁護士 関根俊太郎

右訴訟復代理人・弁護士 二宮充子

主文

被告は、原告福田半吾に対し金九〇万円、同福田春江に対し金二〇万円及びこれらに対するそれぞれ昭和四七年四月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを三分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、原告福田半吾において金二〇万円、同福田春江において金五万円の各担保を供するときは、それぞれ仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告ら)

「被告は、原告福田半吾に対し金二三三万四、〇〇〇円、同福田春江に対し金一〇〇万円及びこれらに対するそれぞれ昭和四七年四月一日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告の負担とする。」

との判決及び仮執行宣言

(被告)

「原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。」

との判決

第二当事者の主張

(請求原因)

一  原告福田半吾は、昭和四三年八月末、肩書地に木造モルタル塗り二階建居宅(床面積一階五〇・九二平方メートル、二階一九・八七平方メートル。以下「本件建物」という。)を新築し、ここにおいて、同原告の妻である原告福田春江とともに生活をしてきた。

二  被告は、訴外須川信猪から、本件建物の前の幅員四メートルの道路(以下「本件道路」という。)をはさんだ向いの場所に建築するビクトリーレーンボーリング場の建築工事(以下「本件工事」という。)を請け負い、昭和四五年九月ごろ、本件工事に着工し、昭和四六年五月三日、右ボーリング場は竣工した。

三1  被告は、事前に地質調査をして、本件建物付近の地盤は、極めて軟弱であり、地下水位も、地下一メートルと非常に高く、かつ、本件工事現場付近には、本件建物を含め、基礎の比較的ぜい弱な日本家屋が存在することを知っていたのであるから、本件工事をするに当たっては、地盤沈下や震動により、付近の建物に損害を与えることのないように万全の措置を講ずべき義務があるにもかかわらず、これを怠り、杭打については、設計段階では、騒音震動の小さいアースドリルを使う現場杭打工法が採用されていたのに、実際に杭打作業をするに際しては、工費節減を意図して、騒音震動の大きい既製杭打工法を採用し、本件工事現場の七四箇所に一箇平均五本、合計三七〇本のコンクリート杭(長さ七ないし一〇メートル)を、ジーゼルパイルハンマーを取り付けた杭打機を常時二台使用して打ち込んでいき、また無謀にも、周辺家屋に近接して、地下五ないし六メートルに及ぶ大規模な掘削を行った過失により、本件建物の地盤が沈下して、本件建物が傾斜したため、本件建物の建付が全体的に悪くなり、また杭打作業による震動のため、壁に間隙を生じ、犬走りと本件建物の基礎が分離し、敷地と本件道路との境界線上に設置したブロック塀に亀裂が生じたりした。

また、被告が本件工事に使用したトラックの不注意な運転により、その車輪が右ブロック塀の前の排水溝上に設置したコンクリート板に乗り上げて、これを破損してしまった。

原告らは、何度となく、被告に対し右被害を訴え、その補修を要求したが、被告の担当者は、「工事が終ったらすぐ直す。」と言いながら、いったんボーリング場が完成するや、被告の責任を否定しだし、現在に至るも、右各損傷部分の補修をしない。

2  被告は、ジーゼルパイルハンマーを取り付けた杭打機二台を常時使用して、右杭打工事をしたのであるが、ジーゼルパイルハンマーの発する騒音は、一〇メートル離れた地点において、平均一〇五ホンの音量を有するところ、本件工事現場と本件建物との距離は、約九メートルであり、かつ、この杭打機を常時二台使用したのであるから、本件建物に流入する騒音は、一〇五ホンをはるかに超えていた。また、右杭打工事による震動はものすごく、本件建物が揺れ動くほどであった。このような杭打工事が、昭和四五年九月二六日から同年一〇月一五日まで続き、さらに、本件工事に必要な土砂や機材の運搬のため、昼夜を問わず間断なく出入りするミキサー車や大型トラックの発する騒音震動も加わり、本件工事現場付近は、まるで戦場のような状態であった。

これがため、原告らの生活の平穏は、完全に侵害されてしまい、原告福田春江は、心労と睡眠不足が重なり、激しい頭痛を起こし、自律神経失調症と診断され、昭和四六年一月初めより注射や服薬で治療をし、さらに、同月一〇日から同年二月八日までの間入院治療をした。

四  原告らは、被告の右不法行為により、次のとおりの損害を被った。

1 本件建物の補修費用金九三万四、〇〇〇円

被告の本件工事に起因する本件建物の前三の1記載の各損傷を補修するに必要な工事費用は、金九三万四、〇〇〇円であるから、本件建物の所有者である原告福田半吾は、右同額の損害を被った。

2 原告福田春江の入院治療費金四〇万円

前三の2記載のとおり、原告福田春江は、被告の本件工事の騒音震動により自律神経失調症に陥ったが、その入院治療費合計金四〇万円は、原告福田半吾において負担したので、同原告は、右同額の損害を被った。

3 慰藉料各金一〇〇万円

本件建物は、原告ら夫婦が二人して家を建てる計画の下に、二〇年前より毎夜一時、二時と遅くまで働いて資金を作りやっと建てたものであって、文字どおり原告ら夫婦の血と涙と汗の結晶であり、本件建物に対する愛着は、ひとしおのものであったが、これが、新築後わずか二年で、被告の無謀な本件工事により前三の1記載の損傷を受けたものであり、また、本件工事の騒音震動のため原告らの生活の平穏は害され、原告福田半吾は、杭打工事によって本件建物が揺れ動くときは、看板作製の仕事を中断せざるを得ず、原告福田春江は、健康までも害されてしまったのである。これがため、原告らは、重大なる精神的肉体的苦痛を被ったのであるが、この苦痛は、それぞれ金一〇〇万円の慰藉料をもって慰藉されるべきである。

五  よって、被告に対し、原告福田半吾は金二三三万四、〇〇〇円、同福田春江は金一〇〇万円及びこれらに対するそれぞれ本件訴状送達の日の翌日である昭和四七年四月一日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する認否)

一  請求原因一の事実は認める。

二  同二の事実のうち、被告が本件工事を請け負い、原告ら主張のころ、本件工事に着工し、その主張の日にボーリング場が竣工したことは認めるが、被告が施主である須川信猪から本件工事を請け負ったこと及び本件道路の幅員が四メートルであることは否認する。本件工事は、施主須川信猪から訴外三井物産株式会社が請け負い、被告が同社から再請負したものであり、また、本件道路の幅員は、九・一メートルである。

三  同三の1の事実は否認する。被告が杭打工事を施行したのは、昭和四五年九月二六日から同年一〇月一五日までのうちの一三日間であるが、原告らが主張するような騒音震動は生じなかった。このことは、近隣で苦情を言って来たのが原告らだけであることからしても明白である。また、被告が本件工事中及び竣工後に本件建物を現認したとき、チリキレ等自然収縮による亀裂しか存在しなかったが、これは、本件工事に起因するものでないばかりか、建物の瑕疵ともいえない程度のものであった。

同三の2の事実のうち、杭打工事が、原告ら主張の期間続いたこと(ただし、杭打工事が施行されたのは、そのうち一三日間である。)は認めるが、杭打工事やトラック等の出入りによって、原告らの主張するような騒音震動が発生したことは否認する。また、原告福田春江が自律神経失調症と診断され、入院治療を受けたことは不知。

四  同四の1ないし3の事実は否認する。

五  同五は争う。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因一及び同二の事実のうち、被告が本件工事を請け負い、昭和四五年九月に着工し、昭和四六年五月三日にボーリング場が竣工したことは、当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、本件工事は、施主である須川信猪より三井物産株式会社が請け負い、被告が同社より再請負したものであることを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二  ≪証拠省略≫によると、本件建物の敷地は、幅員八・九五メートルの本件道路の南側端に設置された幅員約五〇センチメートルの排水溝の南側に接しており、右境界線上にブロック塀が設置され、本件建物は、右ブロック塀より約一メートル南へ後退して建てられていること、本件建物の二階部分は、一階部分の東北部分上に位置しているため、本件建物の重心が東北寄りになっていること、原告福田半吾は、右敷地内に作業所を設け、ここにおいて看板作製の仕事をしてきたこと、一方、ボーリング場は、本件道路北側の東京都足立区弘道二丁目一八三九番一、二の土地(面積合計二、三五一・五六七平方メートル)に、本件道路との境界線より約二メートル北へ後退して建てられた鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階地上二階建建物(床面積合計三、〇〇九・五七三平方メートル)であること、本件工事施行当時、本件建物及びボーリング場付近には、江北高等学校、都営住宅等のほかは特別に大きな建物や工場は存在せず、ボーリング場所在地は、用途地域として住居地域に指定されていることを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

三  ≪証拠省略≫によれば、被告が本件工事に着工した当時本件建物には、ブロック塀の排水管上に走る長さ約六〇センチメートルの亀裂及びこれより約三メートル左の位置にある長さ約一〇センチメートルの亀裂を除いては、補修を必要とする箇所は存在しなかったことを認めることができ(る。)、≪証拠判断省略≫

四  ≪証拠省略≫によれば、次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足る証拠はない。

1  被告は、昭和四五年九月二六日から基礎工事を施行し、掘削箇所(現在ボーリング場の建物が存在する位置であり、その面積は約一、〇〇〇平方メートルである。)の周囲に、山留のため、H綱を約一メートル間隔に深さ一〇ないし一一・七メートルまで打ち込み、これと併行して、同日から同年一〇月一五日までの間(ただし、杭打工事を施行したのは、このうち一三日間である。)、右掘削箇所の周囲及び内側の合計七四箇所に、長さ一〇メートル前後のコンクリート既製杭を一箇所当たり三ないし五本つなぎ、三六ないし五一・五メートルの深さまで打ち込み、これが終ると、前記箇所を五メートルあるいは六・七メートルの深さまで掘削した(本件建物寄りの部分は、五メートルである。)。

2  右H鋼の打込みは、地表付近の地盤が軟弱であったため、その震動は、さしたるものがなかったが、ジーゼルパイルハンマーを使用して杭を打ち込むときは、後六記載のとおり、相当激しい騒音と震動が生じた。

3  右杭打工事及びこれに続く掘削工事中、本件建物の玄関の扉が傾いて、開閉ができなくなり、原告福田半吾において、扉の上部を削って一応開閉のできる状態にし、また、便所の水槽がはずれ、水道管と便器の接続部分が緩んで、水漏れが生じだしたりしたので、同原告において、応急的に補修をしてきたが、その後、本件建物の損傷箇所は随所に広がり、ボーリング場竣工時には、本件建物に次のとおりの損傷が生じていた(前三記載のブロック塀の二箇所の亀裂を除く。)。

(一)  建付が悪くなった箇所

一階六畳の間の南側ガラス戸四枚のうち西端のガラス戸の右縦かまち下部と柱との間に約六ミリメートルの間隙が生じ、東端のガラス戸の左縦かまち上部と柱との間に約四ミリメートルの間隙が生じている。

一階和室の南側ガラス戸四枚のうち西端のガラス戸の右縦かまち下部と柱との間に約三ミリメートルの間隙が生じ、東端のガラス戸の左縦かまち上部と柱との間に約八ミリメートルの間隙が生じている。

一階台所の南側の二枚のガラス戸のうち東の方のガラス戸の左縦かまち上部と柱との間に約六ミリメートルの間隙が生じている。

一階洋間の西側の二枚の腰高ガラス窓のうち北の方のガラス窓の右縦かまち上部と縦わくとの間に約四ミリメートルの間隙が生じ、南の方のガラス窓の左縦かまちの下部と縦わくとの間に約五ミリメートルの間隙が生じ、右二枚のガラス窓は、中央においてねじり込み式の鍵をかける仕組になっているが、鍵がかからなくなっている。

右同室の北側の二枚の腰高ガラス窓のうち東の方のガラス窓の右縦かまち下部と縦わくとの間及び西の方のガラス窓の左縦かまち上部と縦わくとの間にそれぞれ約四ミリメートルの間隙が生じ、これも、西側の腰高ガラス窓と同様に、鍵がかからなくなっている。

一階玄関の片開き戸の上部が、左端において上わくより七ミリメートルほど下がっている。

二階東の間の南側の二枚のガラス窓のうち、東の方のガラス窓の左縦かまち上部と柱との間にやや間隙が生じている。

二階西の間の北側に設置した上下二段の戸棚のうち上段右扉上部左端と上わくとの間、上段左扉下部右端と下わくとの間、下段右扉上部左端と上わくとの間及び下段左扉下部右端と下わくとの間にそれぞれ約三ミリメートルの間隙が生じている。

(二)  亀裂等の生じている箇所

ブロック塀の入口部分のブロックの端が長さ約一五センチメートル、幅約六ミリメートル破損し、口を開けたような状態になっている。

玄関南側のコンクリートの雨落ちに、幅約三ミリメートル、長さ約五〇センチメートルの亀裂が生じている。

本件建物の南側の犬走りと本件建物のコンクリートの土台の接する部分が分離し、数メートルにわたって約一センチメートルの間隙が生じており、また、右土台に幅約五ミリメートル、長さ約一メートルの亀裂が生じている。

ブロック塀東端の裏出入口横のコンクリート流しに、幅約三ミリメートル、長さ約二〇センチメートルの亀裂が生じている。

(三)  壁に間隙の生じた箇所

玄関正面の壁の上部左右と上部の縁との間にやや間隙が生じ、また、下の縁が壁とずれてやや下がっている。

一階和室の東南隅に位置する回り縁の結合部分にやや間隙が生じ、また、壁と回り縁との間にもやや間隙が生じている。

二階東の間の南側の鴨居の上部の間柱とこれが回り縁に接する部分の壁との間にやや間隙を生じている。

二階の西の間の西南隅の柱と壁との間にやや間隙を生じている。

(四)  その他

ブロック塀東端の裏出入口前の排水溝上にかけられていた二枚のコンクリート板のうち西側の一枚が二つに破損し、その一方が右排水溝に落ち込んでいる。

五  そこで、本件建物の右各損傷と本件工事との因果関係の存否について判断する。

前四の3の(一)記載のとおり、本件建物の建具のうち北又は南に面しているものは、その東端の上部と西端の下部にそれぞれ間隙が生じており、西に面しているものは、その北端の上部と南端の下部にそれぞれ間隙が生じていることから判断すると、本件建物の地盤は、本件建物の重心の位置する東北部分において、沈下を来し、本件建物が、東北方向に少し傾斜していること、これがために、右のとおり、本件建物の建付が全体的に悪くなっていることを認めることができる。そして、前三記載のとおり、被告が本件工事に着工するまでは、本件建物に傾斜はなく、したがって、右のような地盤沈下は生じていなかったこと、それが、本件工事と時期を同じくして、右地盤沈下が生じていること、≪証拠省略≫によって明らかなとおり、本件工事以外に、右地盤沈下の原因となるべきものは存在しなかったこと等の事実に、前四の1、2に記載した被告がした掘削工事の位置、規模及び杭打の量とその震動の激しさを考え併せると、右地盤沈下は、被告のした杭打工事の震動による地盤の締固め、又は、掘削工事による土砂の移動に起因するものと認めることができる。

なお、≪証拠省略≫によれば、被告は、本件工事着工前である昭和四五年九月二四日及びボーリング場建物の躯体工事も完成していたと推測できる昭和四六年三月三〇日の二回にわたり、ボーリング場の敷地の南西隅を基点として、本件工事現場付近の地盤の高低について測量したが、その結果によれば、本件道路の高低については、数値上さしたる変化はなかったことが認められるが、右各証拠から明らかなとおり、右基点そのものが杭打、掘削箇所に近接しており、杭打工事及び掘削工事の影響を受けるべき位置にあることからすると、右基点が前後の測量を通じて一定の高さを保っていたかどうか大いに疑問の存するところであり、右測量結果をもって、被告のした杭打工事及び掘削工事が近隣の地盤に影響を与えなかったとすることはできず、その他に、前記認定を覆すに足る証拠はない。

また、前四の3の(二)、(三)記載の亀裂や壁の間隙についてみても、これらが本件工事着工前には存在しなかったことは、前三記載のとおりであり、これが被告のした本件工事と時期を同じくして本件建物の随所に一挙に生じたこと、コンクリートの雨落ちの亀裂及びコンクリートの土台の亀裂を見ても、これらが本件道路を通行する自動車の震動程度で生じた亀裂であるとは到底考えられず、相当程度の衝撃が加わった結果であると認められること、その他に、右亀裂や壁の間隙の原因となるべきものは存しないこと(壁の間隙が自然収縮によって生ずることのあることは、当然ではあるが、新築後二年経た時点で生じていなかった自然収縮が、本件工事期間中本件建物の随所で一挙に起こったとみることは、余りに不自然である。)等の事実から判断すると、右亀裂や壁と柱との間隙は、被告のした杭打工事に起因するものと認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。

次に、前四の3の(四)記載のコンクリート板について判断する。原告らは、右コンクリート板が破損したのは、被告が本件工事に使用したトラックが乗り上げたためであると主張し、≪証拠省略≫中にはこれに沿うかのごとき部分があるが、右結果のみでは、同原告が右現場を目撃したものか、あるいは、同原告の単なる推測にすぎないものか判然とせず、また、仮にトラックが乗り上げたものであるとしても、本件工事現場のような所には、単に工事請負業者の車のみならず、他に多くの土木関係業者の車も出入するものであり、そのトラックが被告の直接に使用するものであるかどうか判然とせず、被告より注文を受けて、本件工事に必要な資材を運搬する他の業者のトラックである可能性も高いのであるから、右結果をもってしてはいまだ原告ら主張事実を認めるに足らず、その他に右事実を認めることのできる証拠はない。

六  原告らは、被告のした杭打工事や本件工事現場に出入するトラック等の発する騒音震動により、原告らの住居の平穏が侵害されたと主張するので、これについて判断する。

思うに、我々が社会生活をするについては、程度の差こそあれ、騒音や震動を発することは不可避であり、また、それゆえ、我々は、常に被害者であるとともに加害者でもあるから(原告福田半吾が、被告が本件工事に着工する二年前にその所有の本件建物を建築するに際しては、今は憎悪の対象となっている本件工事の騒音や震動に比べて、程度こそ相当劣っていても、後記規制基準を超える騒音や震動を発し、近隣に対し原告らが被ったのと同じような迷惑をある程度及ぼしたであろうことは、想像に難くない。)、単に騒音や震動を発して、近隣に迷惑を及ぼしたからといって、これをすべて違法として非難し、不法行為の成立を認めるときは、社会の発展のみならず、通常の社会生活の円滑な運営自体をも阻害してしまうものであるから、騒音震動も、社会生活上一般に受忍されるべき範囲においては違法性を欠き、右範囲を超えたものにして、初めて違法として損害賠償あるいは抑止の対象となるものというべきである。そして、右受忍限度の判定に当たっては、騒音震動の程度、その時刻、継続性の有無、これに対する公法的規制があればその規準、近隣に与える影響の程度、右騒音震動の回避軽減の可能性及びその努力の有無等を総合考慮するのが相当である。

これを本件についてみるに、≪証拠省略≫並びに前一、二、三の1記載の事実によると、被告は、昭和四五年九月二六日から同年一〇月一五日までのうちの一三日間、午前八時から午後五時まで、昼一時間の休憩時間を除き、原告らの居住する本件建物から最も近い所で約一〇メートル、最も遠い所で約四〇メートル離れた地点など合計七四箇所に、ジーゼルパイルハンマーを取り付けた杭打機を一台ないし二台使用して、長さ一〇メートル前後のコンクリート既製杭を一箇所あたり三ないし五本ずつ打ち込んでいったこと、ジーゼルパイルハンマーの発する騒音は、一〇メートル離れた地点で平均一〇五ホン、三〇メートル離れた地点でも平均九一ホンの音量を有するのであるから、右杭打工事期間中は、約八〇ホン以上の音量を有する衝撃音が常時本件建物に流入していたこと、本件工事現場は、住居地域に指定されており、東京都公害防止条例第五五条によれば、午前八時から午後七時までの制限音量は五〇ホンと定められているのであるから、右騒音は、前記制限音量を大幅に上回るものであること、このため、杭打工事中は電話の声を聴取することも困難であったこと、杭打工事の発する震動についても、その数値を知る資料は存しないが、相当激しいものがあり、本件建物に前四の3の(二)、(三)記載の損傷が生じたほか、原告福田半吾は、杭打工事中看板作製の仕事を一時中断せざるをえなかった等、原告らの住居の平穏は、相当程度侵害されたことを認めることができる。また、証人山部和夫、同松本功の各証言及び弁論の全趣旨によれば、現場杭打工法を採用すれば、既製杭打工法に比べて相当程度騒音震動を軽減することができるにもかかわらず、より騒音震動の大きい既製杭打工法を採用実施したこと(右二つの工法は、それぞれ一長一短を有するのであり、最初の設計段階で採用されていた現場杭打工法を、実施段階において既製杭打工法に変更したことについて、これが、原告ら主張のように、単に工費節減のみを意図した結果であると認めることのできる証拠はないが、右各証人が証言するところの現場杭打工法を採用しなかった理由も、絶対的なものだとは思えない。)、そして、既製杭打工法を採るにしても、防音シートをめぐらすなどして騒音を軽減することができると思われるにもかかわらず、被告は、騒音震動を軽減すべき措置を一切採らなかったことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

以上の事実によれば、被告のした杭打工事による騒音は、受忍限度を超えていたものということができる。

なお、原告らの主張には、本件道路を通って本件工事現場に出入したトラック等の発する騒音震動の違法をいう部分があるが、これについては、原告らが、本件道路に接した場所に住居を選定したこと自体を充分考慮に入れるべきであり、右トラック等の消音装置に欠陥がある等特別の事情の認められない本件においては、右の違法をいう部分は、失当である。

さらに、原告らは、本件工事により生じた騒音震動のために原告福田春江が自律神経失調症に陥ったと主張するので、この点について判断する。≪証拠省略≫によれば、原告福田春江は、本件工事期間中頭痛等身体の変調を訴え、昭和四六年一月一〇日から同年二月二八日まで東京都足立区所在の市原病院に入院し、退院後も同様の症状を訴え、同月中に二回、同年四月、六月に各一回、阿部一良医師の往診治療を受けたことを認めることができるのであるが、これらの症状が本件工事に起因するものであるとの主張については、これに符合する≪証拠省略≫は、いずれもたやすく信用できないし、ほかに右主張を認めるに足りる証拠はない。

七  以上の事実及び≪証拠省略≫によれば、被告は、事前の地質調査により本件工事現場付近の地盤が軟弱であること、杭打、掘削箇所から約一〇メートル離れた所に原告らの居住する本件建物が存することを知悉していたのであるから、杭打工事や掘削工事をするに当たっては、震動そのもの、あるいはこれによる地盤の締固め、掘削による土砂の移動による地盤沈下により、近隣の建物に損傷を与えないよう、また、騒音震動により、原告らの住居の平穏を侵害しないように十全の措置を講ずべき義務があるにもかかわらず、これを怠り、特別な予防措置を何ら採ることなく、大きな騒音震動を発生する杭打作業を行い、また大規模な掘削工事を行った過失により、本件建物に前四の3の(一)ないし(三)記載の損傷を生じさせ、また、杭打工事の発する騒音震動により、原告らの住居の平穏を侵害したものということができる。

八  そこで、原告らの被った損害について判断する。

1  本件建物の損傷

本件建物が本件工事に起因して前四の3の(一)ないし(三)記載の各損傷を被ったことは、前五記載のとおりであるところ、右各損傷を補修するに要する工事費用を各損傷箇所ごとに積算した資料はないが、≪証拠省略≫によれば、昭和四六年八月二一日現在で本件建物の補修に必要な費用が金九三万四、〇〇〇円と見積られたことが認められる。しかしながら、前記各証拠及び弁論の全趣旨によれば、右費用の見積りは、補修箇所ごとに積上げ計算をしたものでなく、大ざっぱになされたものであること、右費用には、被告の責めに帰し得ない前三記載のブロック塀の二箇所の亀裂及び前四の3の(四)記載の破損したコンクリート板の補修に必要な工事費用も含まれていることが認められ、また、≪証拠省略≫によれば、本件建物の総工費が金三〇〇万円であったことが認められ、右認定に反する証拠はない。以上を総合して考えると、本件工事に起因する前記各損傷の補修に要する工事費用は、金七〇万円とするをもって相当と認める。よって、本件建物の所有者である原告福田半吾は、前記各損傷により、右同額の損害を被ったものということができる。

2  慰藉料

≪証拠省略≫によれば、本件建物は、原告ら夫婦が家を持つという切なる願いの下に協力し合い、二〇年間毎夜遅くまで働いて資金を作り、工事費金三〇〇万円をかけてやっとのことで建てたもので、本件建物が完成したときの喜びは、ひとしおのものであったと認められるのであるが、それが、新築後わずか二年で、被告のした本件工事により、随所に損傷を生じ、現在なお補修されておらず、原告らの悲嘆は、非常に深いものがあると認められること、被告がした杭打工事の発する騒音震動により、住居の平穏を侵害され、相当な不快感を感じるとともに、何度となく看板作製の仕事を妨げられたこと等の事情に徴すれば、原告らがこれによって被った精神的苦痛は、それぞれ金二〇万円の慰藉料をもって慰藉されるのが相当であると認める。

九  遅延損害金について

原告らは、被告の本件損害賠償債務に対して、訴状送達の日の翌日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めているが、本件損害賠償債務は、本件工事の請負契約とは無関係の第三者である原告らに対する不法行為に基づくものであるから、これをもって、商行為によって生じた債務ということはできない。よって、原告らの右遅延損害金の請求は、民事法定利率年五分の割合による部分について理由があるにすぎず、それを超える部分は、失当である。

一〇  結論

以上のとおり、原告らの本件請求は、被告に対し、原告福田半吾において金九〇万円、同福田春江において金二〇万円及びこれらに対するそれぞれ本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四七年四月一日から完済に至るまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるので、これを認容し、その余は失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条一項を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 勝見嘉美 裁判官 寺西賢二 佐藤修市)

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